Pokemon Goは分散化するべき

分散アプリとは

Ethereumなど、スマートコントラクト系のブロックチェーン上で実現されるスマートコントラクトによって非中央集権的に提供されるアプリケーションのことをdApps(dはdistributed)という。 プラットフォームによって「分散」の度合いは異なるけれども、Ethereumの場合は一度デプロイされたコントラクトはオリジナルの作者ですらアップデートもできない。 その一方で動かすための計算リソースを面倒見たりといったこともない。 Ethereumという世界の新たな一部となって、Ethereumが動き続ける限り永久に残り続ける。

特徴としては、「信用」を必要とする部分をブロックチェーンのコンセンサスアルゴリズムに頼ることができ、第三者機関を必要とせず送金など価値の移動を伴うサービスを提供できること、そしてアプリケーション自体が価値を保有することができる点だろうか。 それ以外にもあげればいろいろあるけど、だいたいこういうイメージでいてくれればいいと思う。

Pokemon goは分散アプリでなければならない

さてこんなdAppsだが、いまのところ理論・技術は先行しているが世の中に広まっているものはそれほどない。 せいぜいギャンブルくらいだろうか。Cryptokittiesもぶっちゃけギャンブルの一種と言っていいと思う。 これから言うようなものもまぁよっっっっっっぽどのことがない限り流行ることはないだろうし、dAppsでやるべき意義があるの?と疑問を呈する人も多いだろう。しかし、流行る流行らないとは無関係に、倫理的にやらなければならないものがあると思う。

それがPokemon Go。

青森での経験

今月、家族旅行で青森(十和田湖、八戸、弘前)に行ってきた。 行くまでは青森県って何があるのかよく知らなかったんだけど、結構いろいろあるもので機会があったらまた奥入瀬渓流行きたいなと思う。 青森の観光地は冬季休業になるところが多いらしく(ウィンタースポーツがあまり盛んではないらしい)11月はもう冬準備でしまっているところも多い。

行った中で一番人がいたのは弘前城であった。 8割くらいは弘前城目当て、特に当時やっていた菊と紅葉祭りっぽかったけれども、2割くらいはそうじゃない一団がいた。 待ち合わせているわけでもないのに固まってスマホをいじっている集団がいたらだいたい何をやっているかはわかる。今回のテーマでもあるポケモンGoだ。

都内では時折見かけているけれども、いろんなところにいるもんだなあとおもった。

とてもGoogle的なPokemon Go

僕は恥ずかしながらPokemon Goをやったことがない(スマホゲームは一度手を出したらハマってしまいそうなので自制している。たまに誘惑に負けてしまうこともあるが、ちょっと飽きてきたかなと感じたら即アンインストールするようにもしている。)

弘前城で見た例もあるし、東北にラプラスを出して観光客を集めたとかいうニュースも聞いたことがあるし、Pokemon Goはとても大きな力を持っている。 やっぱり地方が徐々に活気を失っていくのに対して、単にポケモンを集めるためだけに出かけていたら日本にもこういうところがあるんだという出会いがあるのは良いことだと思う。 なんだけれども、それを手放しにいいと言うには影響力が大きすぎる。

以前「今週のアンテナ」でPixel3は「Googleが写真の良し悪しを決める」世界の入り口であるというのを紹介したけれども、それと同じように訪れるべき場所を規定してしまうという事態になっている。 そこに悪意がなかったとしても、ひとつの私企業が統御できる影響力を超えてしまっているんじゃないかと。

k5trismegistus.hatenablog.com

Facebookのニュースフィードの検閲問題など、サイバー空間での情報への到達可能性をテックジャイアントたちが制御することでサイバー空間上でメタ的な権力を持っているのは周知のとおりである。 メタ的というのは、直接的にあれをしてはいけないこれをしろ命令を下すのではなく、そもそもそれ以外の選択肢を考えさせないようにしているというところ。 それがサイバー空間から物理空間にも進出しているというのは危機的状況である。

目指したい世界観

月並みではあるんだけど、トークンの形でオブジェクトを作って地図上に置けて、他の人がそれを取りに行けるっていうのが実現できたらいいと思うんですよね。 三種類のプレイヤーが存在していて、トークンを発行するプレイヤー・トークンを購入して地図上に置くプレイヤー、地図上のトークンを手に入れに行くプレイヤーとなる。無論分かれているわけじゃなくて、一人のユーザーがすべての役割を兼ね備えている。 地元の応援したいお店の発行する割引券を買ってあげて、近くの人があつまるところに置いておくとか、地元の有名店の割引券をそんなに有名じゃないけど言ってみてほしいところに置いてあげるとか。

僕は対価の得られない支出をしないタイプなので理解できないんだけど、動画投稿系サービスで投げ銭文化が成立しているのを見ると、自分が直に何かをもらえるわけじゃなくてもお金を払うというのが一般的になってきている気がするんですよね。

ハッカソン的な感じで、つくってみたいなぁ。